グルメ

2021-01-14

震災を乗り越えた若きエース

一日で一番寒い明け方の3時。
日が昇る前に船を出し、競りが終わって次の漁の準備ができれば一日の終わり。
鎌田寛典さん・今井梓さんは、高校卒業と同時に海に出て、漁師歴20年を超えます。

請戸漁港は東日本大震災により壊滅的な被害を受け、20204月に競りが再開されるまで9年間という長い歳月を要しました。
震災当時鎌田さんは32歳、今井さんは30歳。まさにこれからという時でした。
「一番元気な30代、漁師としても一番頑張らなければならない30代が、震災によってすっぽり抜けてしまった。」と、口をそろえて言います。

「震災後は、毎日のように海に出ていました。ただし、魚を水揚げするためではなく、海の瓦礫を集めるためでした。」
漁を再開させるため、海をきれいにすることが漁師たちにとって復興への第一歩でした。
魚ではないものを水揚げする辛さを堪えながら、数年後の試験操業を目指し、とにかく前を向いて日々出港していました。

今井さんは、「漁に出られないなら、別な仕事をしようと思った時がありました。大型トラックの免許も取って。でもやっぱり海に戻ってきました()

漁港が再開するまでの9年間を「ブランク」と表現した鎌田さん。
「海に出たい」という強い気持ちを抑えてきたこれまでの自分たちを鼓舞するように、一日でも早い本格操業を目指して働きかけは続きます。

        ▲鎌田寛典さん

 

白魚シーズン到来!

白魚は冬の魚で、124月くらいまでがシーズン。まさに、絶品の請戸の白魚が食べられる時期がやって来ました。請戸の白魚は有名で高値で取引されることが多いと言われている魚種の一つ。一般にはあまり出回らないため、シラスと見分けがつかない方も多いかもしれません。
スーパーで取り扱われることも少なく、請戸で水揚げされた白魚は、東京豊洲や関東方面の高級料亭や旅館などへも運ばれています。

       ▲今井梓さん

浪江町唯一の水産加工・卸・直売までを手掛ける柴栄水産の柴社長は、
「“請戸もの“の白魚は本当に質のいいものだ。残念なことに風評被害がまだ続いているが、これからトップシーズンに向けてさらに良いものが水揚げされれば評価は変わってくるだろう。」と自信をのぞかせました。

白魚はこれから、少しずつ大きさが増してきます。
2月~3月頃の一番おいしい季節には、もちろん生で食べるのがお薦め。あとは釜揚げ・お吸い物が絶品です。」と、今井さん。
浪江町の郷土料理である「白魚のお吸い物」は、ふっくらとした白魚だけのシンプルなお吸い物。海がある町だからこその贅沢な食べ方かもしれません。

これからも変化する浪江町

請戸漁港の再開は20204月。
まだ、一年経過していません。漁も未だ「試験操業」*という形が継続されています。
しかし、漁港には若々しい漁師さんからベテランの漁師さんまで働いており、中でも目を惹うのは若い女性漁師さんたちで、活気のある声と笑顔が満ちていました。
80歳、90歳までは続けられるか分からないけど、やっぱり海が好きで漁に出ていたい。」
そう話す今井さんに、「漁」ってご自身にとって何ですか?と伺うと、
「日常です。」と返ってきました。
その「日常」は、一度は失われました。そして再び取り戻しつつあるのです。

20213月、道の駅なみえの地場産品販売施設がオープンし、大堀相馬焼や酒蔵が町内での再開を果たします。 震災前にも町を支えてきた人が、少しずつ町内へ戻り、町に変化を与えています。
現在進行形の浪江町の「いま」をぜひ堪能しに来てはいかがでしょうか?


*試験操業
福島県の沿岸漁業及び底引き網漁業は、原子力発電所事故の影響により操業自粛を余儀なくされています。このような中、福島県による4万件を超えるモニタリングの結果から安全が確認されている魚種もあります。このような魚種に限定し、小規模な操業と販売を試験的に行い、出荷先での評価を調査して、福島県の漁業再開に向けた基礎情報を得るために行っています。(福島県漁業協同組合連合会ポータルサイトより)


「請戸もの」のお取り扱い店 ※水揚げの状況により異なりますのでご了承ください。

・道の駅なみえ

()柴栄水産

・イオン浪江店