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帰ってきたサムライ! 千年の歴史が8年ぶりに浪江で蘇る
〜今からでも間に合う!相馬野馬追展を見に行こう〜

帰ってきたサムライ! 千年の歴史が8年ぶりに浪江で蘇る
〜今からでも間に合う!相馬野馬追展を見に行こう〜

平成最後の夏、サムライたちが浪江から出陣!

福島県相双地区の夏の伝統行事「相馬野馬追」。今年は、平成最後の夏、7月28日~7月30日に開催されました。
東日本大震災以降、出陣が断念されていた浪江町騎馬武者たちにとって、8年ぶりの復活となった浪江町での出陣式が、7月27日に行われました。標葉(しねは)郷本陣から、56騎の騎馬武者が出陣。開催時の浪江町の人口は777人。
住民の帰還が十分でない静けさの漂う浪江の町に、ホラ貝の音が響き渡りました。

騎馬武者たちは、集まった多くの浪江町民の声援を受け、足取り軽やかに本陣を出発しました。

「騎馬武者行列」の観覧は「1カ所にとどまり歩いてくる行列を眺める」というスタイルが定番ですが・・・

浪江町では少し違いました。

沿道から騎馬武者に「頑張れ」「ありがとう」「おかえり」の声援と拍手を送った後、行列が去ったら、走る走る!!次に行列が通過する通りを目指して、町中を走って走って先回り!ホラ貝の音が聞こえるときは騎馬武者行列が止まるので、少し休憩。そして、また走る!とてもアクティブ!!

 

野馬追最終日には、故郷の空の下で「神旗争奪戦」

7月30日、町民が見守る中、祭場地での行事を終えた56騎の騎馬武者が行列を成し凱旋、本陣にて「神旗争奪戦」が行われました。ホラ貝の音とともに打ち上げられる「御神旗」。
浪江の空を舞う御神旗は、我の物!といわんばかりに、騎馬武者たちが落ちてくる旗を追いかける。旗を取った武士には武勲が与えられ、旗を取れなかった武士は「悔しい」と言いつつも楽しそうに笑みをこぼす。
8年ぶりとなる故郷での「神旗争奪戦」は、祭場地での迫力あるものとは違い、町民の温かい歓声が溢れ、とてもアットホームな雰囲気なものとなりました。

 

百聞は一見にしかず!浪江町の相馬野馬追の様子はこちら>>

【なみえチャンネル標葉郷相馬野馬追スペシャル】

~ https://youtu.be/DC9u8ljbT0o ~

 

 

「相馬野馬追」って相馬市の行事じゃないの?

その名の通り「相馬野馬追」は、福島県相馬市で開催されるお祭りです。

”相馬市から約25㎞離れた浪江町との関係は?”と疑問に思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか?

 

相馬野馬追」は、旧相馬中村藩「五つの郷(ごう)」の騎馬武者たちが、祭場地である南相馬市の「雲雀ヶ原祭場地」へ集結することにより始まります。

「五つの郷」とは原町区の「中ノ郷」、相馬市の「宇多郷」、南相馬市鹿島地区の「北郷」、南相馬市小高区の「小高郷」、そして浪江町・双葉町・大熊町を束ねる「標葉(しねは)郷」。

 

この地は、戦国時代から江戸時代にかけて「相馬家」により治められ、毎年「相馬野馬追」が開催されてきました。

震災前の2010年までは、浪江町も「五つの郷」の一つとして、野馬追の時期になると、「騎馬武者行列」を成して祭場地へ向かっていました。

東日本大震災が起こった2011年、多くの「野馬追」関係者や馬が犠牲となりました。原発事故により避難を余儀なくされた小高地区「小高郷」、浪江町・双葉町・大熊町「標葉郷」は、「相馬野馬追」への領地からの出陣が叶いませんでした。それから6年経った2017年、浪江町の一部避難指示が解除された年に「小高郷」が本陣である小高神社から出陣、今年は「標葉郷」が8年ぶりに本陣がある浪江町内からの出陣を果たしました。

それにより、東日本大震災後初めて「五つの郷」全てで各郷、本陣からの出陣が叶ったのです。



そもそも「相馬野馬追」ってどんなお祭り?

騎馬武者行列

 

「相馬野馬追」は500騎余りの騎馬武者が集まり、馬を走らせ競い合う勇壮なお祭り。

起源は1000年以上も前。歴史の授業でも学ぶ「平将門の乱」を起こした張本人「平将門」が、野馬(野生の馬)を敵に見立てて軍事演習を行ったことが始まりだと言われています。

平将門は、「五つの郷」を治めた「相馬家」の祖にあたります。のちに、捕らえた馬を氏神に神馬として奉納したことにより、「軍事演習」から「神事の祭り」と変化し、代々継承されてきました。

 

サムライ好きにはたまらない!見どころが違う3日間

                騎馬武者と馬

 

「相馬野馬追」は、3日間にわたり行われます。

初日は、各地の騎馬武者が祭場地へ集結する「騎馬武者行列」。

サムライ好きにはたまらない!武装をし、旗を掲げた騎馬武者たちが行列を成して歩いて行くのです。よく見るとそれぞれ武具や服の柄が違い、馬の装飾も様々。きらびやかな服に身を包む武将もいれば、甲冑・兜、籠手やすね当てなど戦の前のような武装した武士も。見応え抜群です。

 

甲冑競馬の様子

「相馬野馬追」のメインは2日目!

祭場地に集まった500余りの騎馬武者たちによる「甲冑競馬」や「神旗争奪戦」です。鳴り響くホラ貝の音が、始まりの合図。馬が駆け回り、土埃が舞う。地響きや馬や甲冑がぶつかりあう音、観客の声援、迫力満点の戦国絵巻。あまりの迫力に写真を撮るのも忘れて見惚れてしまいます。

時々、熱の入り過ぎた騎馬武者同士のケンカが見れるのもこの「相馬野馬追」の醍醐味。

 

神旗争奪戦の様子

 

3日目は、「神事の祭り」としてのメイン「野馬懸」が行われます。野に放たれた多くの馬の中から、神に奉納する馬を捕える儀式です。

人間よりも大きい馬を「素手」で捕まえるため、観覧中はハラハラドキドキ。

そして、全てを終えると、騎馬武者たちはそれぞれの故郷に凱旋します。

1000年以上の長い歴史のある「相馬野馬追」は、1978年に国の重要無形民俗文化財に指定されました。

 

迫力満点!「描かれた相馬野馬追2018」で1000年の歴史に触れてみよう

「相馬野馬追」は、これまで多くの写真家や美術家によって、その様子が残されてきました。

1番古い物は2枚の屏風に描かれた「相馬野馬追図」。

当時の迫力を見て感じることができるこの屏風はもちろん、相馬野馬追の歴史や騎馬武者の甲冑などの武具、「新旗争奪戦」のジオラマなど、南相馬市博物館で見ることができます。

他にも、定期的に“特別展”が開催されており、先月は相馬家のライバル「伊達家」が描いたとされる屏風図や、伊達政宗の一門・伊達成実が着た甲冑や兜などの武具、刀なども展示されていました。

 

今月は、相双地方出身・ゆかりのある美術作家たちにより描かれた「相馬野馬追」の作品が展示がされます。

作者の思いが込められた作品は、墨で描かれたり、色鮮やかに描かれたり、様々な形で「相馬野馬追」が表現されています。1000年以上も前から野馬追が行われてきたこの地で見るからこそ、感じられる何かがあるに違いません。

特別展は11月4日まで。

 

〈特別展の詳細〉

「描かれた相馬野馬追2018」

期 間:9月8日(土曜日)~11月4日(日曜日)

場 所:南相馬市博物館 (福島県南相馬市原町区牛来字出口194)

電話番号 :0244-23-6421

http://www.city.minamisoma.lg.jp/index.cfm/24,0,132,html

 

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